昨日の記事でちょっと話題に出した渡部昇一先生の続 知的生活の方法。
その中の「知的独立について」p135
先に言及したベンジャミンフランクリンは「空の袋は直立しえず。An empty sack cannot stand unright.」という諺を普及させたが、これはもちろん「独立できる資産がなければ、人は卑屈にならざるをえない」という意味である。
フランクリンがこの諺の入った暦を売って大当たりをしていたころに、大西洋の向かい側で、それを実際に実践してみせた大哲学者がいたのである。
この諺が、フランクリン自伝 岩波文庫版のどの部分に出てきたか気になったので少し調べてみました。
私が探した限り2箇所ありました。
まずはp156「成功への道」の章
私は暦は他の本などほとんど買わない一般市民の間に教訓を伝える格好の手段になると思った。そこで暦の中の特殊の日と日の間にできるわずかばかりの余白をすっかり諺風の文句で埋めた。その大部分は勤勉と節約とが富をうる手段であり、従って徳を完全に身に付ける手段でもあることを説いたものであった。なぜなら、(そのことわざの一つをここであげてみれば)「空の袋はまっすぐには立ちにくい」ように、人は貧乏な場合の方がいつも真正直に暮らすことは容易ではないのだから。
貧乏だと、つきたくもない嘘をつかなければならない場面もあるということでしょうか?そういう事もあるのかもしれない。
さて、2箇所目
p287付録の「富に至る道」
ところが、貧乏はしばしば私たちから、気骨と道義心を根こそぎ奪い取ってしまいます。貧しいリチャードが正しくも申しておるように「空の袋は真直には立ちにくい」のです。
別に貧乏でも正直に生きてる人はいるような気もしますが、今日たまたま久しぶりに読んだジェームズ アレン の「原因」と「結果」の法則のp32に
心の中のあらゆる汚れを取らない限り「人間は正直すぎると苦労する」などということを口にする権利さえ手にできません。
知りもしないことを、どうして口にできるのでしょう
とピシャリと書いてある。
まあ、何事もほどほどが平和に暮らせそうです。